偶BLO(たまブロ)

'99年生れのオッサンJRTと’11年生まれのトイプ~との日々を偶~~~にUPするブログです。

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心温まる記事

弁当リレーに支えられた春 JR脱線事故遺族の父子
2006年04月11日

JR宝塚線(福知山線)の脱線事故で逝った妻は、高校受験を控えたひとり息子の進路のことをいつも気にかけていた。仕事一筋だった夫は初めて家事と向きあった。とまどうことばかりだった父子の生活を、妻の友人だった母親たちと近所の一家が支えた。もうすぐ1年。息子は妻が植えた桜の前で「合格」を報告し、10日、入学式にのぞんだ。

兵庫県川西市の中村重男さん(48)は、大阪・ミナミで人気の居酒屋を営む。深夜に店じまいし、週末だけ自宅に帰る毎日。家事は妻の道子さん(当時40)に任せきりだった。
事故で生活は一変した。朝5時に起き、中学3年の長男海里(かいり)君(15)の弁当をつくって朝食を一緒にとり、学校へ送る。深夜0時過ぎまで店で働き、それから車で自宅に戻った。
1カ月ぐらいたったときだ。「弁当作るのに、1人も2人も一緒やから」。海里君の同級生の母親が来て、恐縮する父から弁当箱を奪っていった。5人の母親による弁当リレーが始まった。
母親たちは、月曜から金曜まで、担当を決めた。
水曜担当の野田順子さん(48)は、息子が海里君と同じサッカー部員だった。「道子さんは試合のときいつも車で迎えに来てくれた。裏表がなく、一緒に応援するのが楽しかった。何か恩返ししたかった」
料理人の息子にどんな弁当を作ればいいか、みんな悩んだ。「でも、秋ごろからは気を使わなくなりました」と、月曜担当の岡田睦子さん(52)は笑う。

「海里が熱出しよったんですわ」
2月のある日、火曜担当の内田理江さん(42)は重男さんから電話を受け、海里君を病院に連れていった。治療代のことを気にする重男さんに怒った。「お金の問題ちゃう。海里は私の子どもと一緒や」。木曜担当の中島京子さん(41)は体温計を持って駆けつけた。

金曜担当の永江文代さん(39)は言う。「道子ちゃんが一番海里君のことを心配してるはず。弁当作ってんのを見たら、少しは安心してくれるかな」

夕飯を引き受けたのは、はす向かいの御領原久子さん(62)。週3~4日は、海里君を招いて食卓を囲んだ。

事故後、修学旅行から帰ってきた海里君が、道路でかばんを広げ鍵を探していた。中からジャージーなどの洗濯ものが大量に出てきた。
「おばちゃんが洗ったげるわ」。洗濯をしながら涙が出てきた。「これからどうすんのやろ」。幼いころ、七五三の着付けをしてあげた。「できることはさしてもらいます」。重男さんに言った。

重男さんも息子の苦手な国語を一緒に克服しようと漢字検定に挑んだ。仕事、家事、父子二人三脚の受験勉強、JRとのやりとり……。毎日、4時間睡眠が続いた。

今年に入り、学資保険の領収帳を見つけた。余白に鉛筆の書き込みがあった。「海里が18歳になるまで続けてください」。「自分に何かあったら」と心配していたのか。妻は事故の前夜、息子に「節目がしっかりしていないと、しっかりした竹には成長しない」と言っていた。気持ちが引き締まった。

9日、父子は1本の桜を見に出かけた。妻が幼少期を過ごした大阪・千里ニュータウン。妻が祖父と植えたという桜が満開だった。妻は結婚後も欠かさず来ていたという。小さな骨つぼを取り出し、妻の望んでいた海里君の志望校合格を報告した。

「ほんまにサクラサクや。おれのこともほめてな」
10日午後、高校の入学式。海里君は、いつものように母がどこかで見ている気がした。

以上朝日新聞HPより


これぞ誠の日本人ぞ!
関西のオバちゃんは、やっぱ人情味溢れますな。
それと亡くなったお母さんの普段の心掛けが周りを動かしたんだろうねえ~。
まだまだ日本も捨てたもんじゃないかも・・・。

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コメント

いい話だねぇ

涙出ちゃったよ。
それにしてももう1年経つんだ。。。
早いね。
それ以上に、いろんなことがありすぎる。

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オジンガ~!

Author:オジンガ~!
よお~居りゃあ~した。ちゃっちゃっと見たってちょお~!

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